抜けるような青空、包み込むような穏やかな風。パームの街に、いつもと変わらない平凡な朝がやってきた。
「ジャースティーン! 早く起きなさぁい!今日はスーちゃんと一緒に、博物館にいくんでしょう!?」 少年は、階下から呼びかける母の声で、目を覚ました。最初に視界飛び込んでくるのは、いつもの見慣れた天井板。 「…あれ…? ここは、オレの部屋…?」 喩えようのない違和感が少年の意識を急速に現実に引き戻し、少年はベッドに半身を起こした。 そして辺りを、いささか散らかり過ぎの室内を見回す。 間違いなく、そこは少年の住み慣れた部屋、住み慣れた家。 ややあって、少年は堅く握られた自分の右手に気付いた。シーツの上に置かれた自分の右手に視線を落とし、ゆっくりと、その手を拡げる。 そこには、不思議な淡い輝きを放つ、小さな碧色の石があった。 「…精霊石…」 その名を呟いた瞬間、少年は目が覚めたときから心の中にわだかまる違和感の正体に気付いた。 それは、得も言われぬ高揚感と充実感、そして使命感。 無数の記憶の断片が少年の脳裏に現れては消え、やがてそれは一人の少女の像を結ぶ。 「…フィ…」 少年がその少女の名を口にする寸前、少女の像は少年の心の深淵へと沈んでいった。寂しげな微笑みを浮かべながら…。 後に残ったのは、ひどく輪郭のぼやけた、頼りない記憶の断片。それも時が経つにつれ、旭日にさらされた朝霧のように薄れていく。 「…夢…だったのか…」 夢。その言葉を口にした時、少年の意識は完全に現実へと引き戻された。 少年は自分でも理由が分からないまま、手にした精霊石に一つ頷くと、勢いよくベッドから飛び降りた。 そして居間へと続く階段を駆け下りる。 ちょうど階段の下には、少しくたびれたお盆を手にした母の姿があった。 おそらく少年を起こすために、階段を上がろうとしていたのだろう。 「ジャスティン、早く朝食を食べてしまって。片付かないと店を開けられないでしょ?」 少年は、母の視線に自分のそれを合わせるため、最後の二段ばかりを残して立ち止まった。 「母さん、オレ、夢を見たんだ!」 「え?」 母は、息子の瞳の中に既視感をともなう輝きを見つけ、戸惑いを覚えた。 かつてその輝きを彼女に見せてくれた人物は、もうこの世にはいない。二度と見ることはできないと思っていた。 しかし、彼女の息子はそれと同じ、いやそれ以上の精霊たちの祝福を受けた輝きを、その瞳に宿していた。 「オレ、海を越えて、もっと向こうの世界の果てを越えて冒険をするんだ!」 母の戸惑いをよそに、少年は屈託の無い笑みを浮かべてまくしたてる。 「そこでいろんな人たちに出会って、時には一緒に冒険して、古代文明の謎を追いかけて、伝説の光翼人は本当にいて、そして…そして…」 突如、少年は言いしれぬ不安に襲われた。 「…そして…『それ』は繰り返されるんだ…」 少年の瞳の輝きが、絶望にさいなまれる陰りへとすりかわった。 その瞬間、母は「叱ってやらねば」「励ましてやらねば」という衝動に駆られ、半ば無意識に手にしたお盆をふりあげた。
パコン!☆
「いってぇぇぇ!」 にわかに少年の瞳に輝きが戻る。 「なにすんだよぉ! オレは諦めないからな! 絶対に止めてみせるって、決めたんだからな!」 「で、何をだい?」 「え?」 少年の頭をさする手が止まる。 自分が言った言葉の意味も分からないまま、いくばくかの沈黙…。 やがて、一つの確信とともに、少年の心の中にまたあの少女の像が浮かび上がった。 「夢の話なんてどうでもいいから、早く着替えて、顔を洗って、朝食を済ませてちょうだい!もうそろそろスーちゃんが来る頃よ」 「あ、いっけねぇ!」 少年は、「夢の記憶」を無理矢理心の底に押し込むと、きびすを返して階段を駆け上がりはじめた。 その後ろ姿を見つめながら、母は独り呟く。 「ジャスティン、あなたの決めたことなのだから、自信を持ちなさい…」 少年も独り呟く。 「待ってろよ、エンジュール。待ってろよ…フィーナ…!」 少女は、優しげな微笑みを少年に向けていた。
そして、少年の平凡な一日が始まる。やがて始まる、長い長い冒険の旅への第一歩として…。